カタログを信じるな!元開発者が語るディスペンサ選定「3つの罠」

カタログを信じるな!元開発者が語るディスペンサ選定「3つの罠」

「また液だれか…」「どうして吐出量が安定しないんだ…」
モニターに映る不格好な塗布跡を見て、今日も頭を抱えていませんか?

その気持ち、痛いほどよく分かります。
はじめまして、流体制御コンサルタントの高崎 潤と申します。

私は以前、大手化学メーカーで特殊な液体の開発に携わり、その後ディスペンサメーカーの技術者として、自動車から半導体まで100以上の製造ラインの立ち上げに奔走してきました。
来る日も来る日も、現場で技術者の皆さんと一緒に「一滴」と向き合ってきた人間です。

もしあなたが、「カタログスペックが最高の装置を選んだはずなのに、なぜかうまくいかない」と感じているなら、この記事はきっとあなたのためのものです。

この記事を読み終える頃には、カタログの数字の裏側を読み解き、あなたの現場で本当に使える選定眼を養う「次の一手」が明確になっていることをお約束します。

なぜカタログスペック通りにいかないのか?答えは「液体が生き物」だからです

そもそも、なぜカタログの数値と現場の結果はこれほどまでに違うのでしょうか。

それは、液体が「生き物」だからです。

私は毎朝、豆の種類や挽き方、湯温を細かく調整してハンドドリップコーヒーを淹れるのが日課なのですが、これは液体制御の世界と非常によく似ています。
同じ豆でも、その日の気温や湿度によって、お湯の落ちる速度は微妙に変わるのです。

ディスペンサのカタログに載っている粘度や吐出精度といった数値は、いわば完璧に管理された実験室で、理想的な条件下で測定された「証明写真」のようなもの。
しかし、あなたの現場で扱う液体は、季節による温度変化、ロットごとの微妙な物性の違い、攪拌の時間など、様々な要因で刻一刻と表情を変える「生きた存在」なのです。

決してカタログが嘘をついているわけではありません。
ですが、それだけが全てではない。
この心構えこそが、正しいディスペンサ装置選定への第一歩となります。

ディスペンサ選定、技術者が陥る「3つの罠」

では、具体的にどのような点に気をつけるべきなのか。
私がこれまでの経験で見てきた、多くの技術者が陥りがちな「3つの罠」についてお話しします。

罠1:「静的粘度」の罠 ~ケチャップの法則を思い出してください~

カタログを見て、まず「粘度」の数値をチェックしますよね。
しかし、そこに一つ目の罠が潜んでいます。
カタログに記載されているのは、ほとんどの場合、力がかかっていない状態の「静的粘度」です。

ここで、食卓にあるケチャップを思い出してみてください。
逆さまにしただけではなかなか出てきませんが、ボトルを強く振ったり押したりすると、急に粘度が下がってドバっと出てきますよね。

この「力を加えると粘度が下がる」性質をチクソ性(チクソトロピー性)と言います。
多くの接着剤やシール材は、この性質を持っています。
ディスペンサから吐出される瞬間、液体には大きな圧力がかかるため、粘度がグッと下がるのです。

この性質を理解していないと、「カタログの粘度に合わせて選んだのに、糸引きや液だれが止まらない」という問題に直面します。
見るべきは、静的な数値だけでなく、力が加わった時の液体の「振る舞い」なのです。

罠2:「理想流体」の罠 ~300万円の失敗から学んだこと~

二つ目の罠は、カタログの吐出精度を鵜呑みにしてしまうことです。
メーカーのテストは、多くの場合、物性が安定したテスト用の液体(理想流体)で行われます。

しかし、現場の液体はどうでしょう。
例えば、導電性ペーストには金属のフィラー(粒子)が含まれていますし、接着剤はロットごとに微妙な物性差があるのが当たり前です。

実は私にも、忘れられない失敗があります。
20代の頃、海外の大型案件で高価な導電性ペーストの吐出量を、図面上の計算だけで設定してしまったのです。
結果は惨憺たるもので、基板1ロット、実に300万円相当を不良にしてしまいました。

原因は、現地の温湿度や材料のロット差といった「生きたパラメータ」を軽視したことでした。
この手痛い失敗から、私は学びました。
理論やカタログスペックは出発点にすぎない。真の最適化は、常に現場の『声』を聞くことから始まるのだ、と。

罠3:「装置単体」の罠 ~最高の竿だけでは魚は釣れない~

最後の罠は、ディスペンサ本体の性能ばかりに目が行ってしまうことです。
最新の高性能なディスペンサを導入したのに、なぜか精度が上がらない。
そんな時は、周辺機器との相性を疑うべきです。

私は趣味で渓流釣りをするのですが、これはディスペンサのシステムとよく似ています。
どんなに最高級の竿(ディスペンサ本体)を持っていても、糸(チューブ)が流れに合っていなかったり、毛針(ノズル)の選択を間違えたりすれば、魚は釣れません。

液体の特性に合わない太さや長さのチューブを使えば、圧力が正確に伝わりません。
ノズルの先端形状が不適切であれば、液だれや糸引きの原因になります。
ディスペンサの性能は、圧送タンクからノズルの先端まで、システム全体のバランスで決まるのです。

罠を回避する!明日からできる「現場起点の選定術」

では、これらの罠を回避し、本当に現場で使えるディスペンサを選ぶためにはどうすればいいのでしょうか。
明日からすぐに実践できる3つのステップをご紹介します。

ステップ1:あなたの「液体」のカルテを作りましょう

まずは、お使いの液体を深く知ることから始めましょう。
粘度計の数値だけを眺めるのではなく、ぜひ五感を使ってみてください。

ヘラでゆっくり混ぜた時の抵抗感はどうか。
少し温度を上げてみたら、どれくらい柔らかくなるか。
指先で触れた時の糸引き具合はどうか。

こうしたアナログな情報こそが、液体の個性を理解する上で非常に重要になります。
あなただけの「液体のカルテ」を作成するのです。

ステップ2:メーカーのテストをとことん使い倒す

ディスペンサメーカーのデモやテストは、絶対に活用すべきです。
その際、必ず守ってほしいのが「実液」でテストを行うこと。
あなたの現場で使っている、まさにその液体で評価しなければ意味がありません。

さらに、吐出量や速度、温度など、条件をいくつか変えてテストさせてもらいましょう。
どこまでが許容範囲で、どこからが限界なのか。
性能のマージンを把握しておくことが、量産時の安定稼働に繋がります。

ステップ3:メーカーの「営業」ではなく「技術者」を味方につける

メーカーの担当者と話す時も、少しだけ意識を変えてみてください。
単に製品の価格や納期を聞くだけでなく、あなたの「液体のカルテ」を見せながら、具体的な課題をぶつけてみるのです。

「この液体、温度が5℃上がるとタレやすくなるんですが、何か良い方法はありますか?」

こうした技術的な問いかけをすることで、営業担当者の奥にいる「技術者」を引き出すことができます。
彼らは流体制御のプロです。
あなたの課題解決に真摯に向き合ってくれる技術者を味方につけることほど、心強いことはありません。

まとめ

いかがでしたでしょうか。
今回は、ディスペンサ選定で陥りがちな罠と、その回避策についてお話ししました。

最後に、今日のポイントを振り返っておきましょう。

  • ディスペンサ選定、3つの罠
    1. 「静的粘度」の罠:見るべきは力が加わった時の液体の振る舞い。
    2. 「理想流体」の罠:現場の液体はロット差や環境で変化する。
    3. 「装置単体」の罠:性能はシステム全体のバランスで決まる。
  • 罠を回避する、3つのステップ
    1. 液体のカルテを作る:五感を使って液体の個性を知る。
    2. メーカーのテストを使い倒す:必ず「実液」でマージンを確認する。
    3. メーカーの技術者を味方につける:具体的な課題をぶつけ、共に考える。

結局のところ、液体は正直なんです。
カタログはあくまで出発点の地図にすぎません。
本当の答えは、いつもあなたの現場にあります。

まずは、今お使いの液体をじっくりと観察することから始めてみてください。
その一滴に、全ての答えが隠されているはずです。
その小さな変化が、大きな改善への第一歩となります。

最終更新日 2025年9月18日 by mippac

mippac

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